暮るるしずりのおとまでも
年末の、冬の寒さに心がかじかむと、西行の歌を思い出す。
「何となく 暮るるしずりのおとまでも 雪あわれなる深草の里」
「しずり」とは「垂り」と書き、枝に積もった雪がすべり落ちる様子を表す美しい言葉である。「何となく」は、「暮るる」にも「あわれなる」にも掛かっていているのだろうか?
雪景色におおわれた我が家には訪れる人もなく、年の瀬の一日が暮れてゆく。重みでたわんだ枝から、時折雪が滑り落ちる。そのかすかな音までも、この深草の里に何とも言えないもの悲しさを感じさせる。
深草の里での冬の夕暮れ。冬日は雪明りに置き替わる。しずり雪の音をじっと聞いている西行は、人生の夕暮れのただ中で、避けられない命運と静かに向き合う。雪のように冷たい孤独感は、「何となく」の冒頭の句でむしろ研ぎ澄まされる。「願わくば 花の下にて春死なん その如月の望月の頃」「花に染む 心のいかで 残りけん 捨てはててきと 思う我身に」。諦観ではなく、ましてや悟りでもない。この世に未練を残す人間的な弱さが、西行の魅力なのではないだろうか?
冬休みで、大学生の息子と娘が家にいる。子育ても終わりが見えてきた。よそ様に大声で自慢できるほどの子供たちではないが、人並みの教育を受けさせ、親としての義務は果たせているのではないかと思う。家族みんなで、夕食を囲む食卓。やはり私は幸せ者だと思うと、心に温かいものがこみ上げてくる。でもふと気づくことがある。そのぬくもりが心地良ければよい程、それに比例して感じるもの悲しさ。冬空の下のたき火で暖を取った時に、火の当たらない背中で感じる冷たさに似ている。人間が人として存在すること、それ自体に内在する、決して共有することができない孤独感。限られた命、諸行は無常であればこそ、感じることができる鋭利で鋭敏な感情。それは晩年の西行の歌に通底するものなのだろう。「もう私もそんな齢になったのか」、短い溜息をつく。
昨年末に糸満市主催の新年会の招待状が届いた。3年前から、教育委員をしているからだ。例年は、1月4日は仕事があり、偉い人も偉そうにしている人も苦手なので、丁寧にお断りしているのだが、今年はその日が木曜日にあたり、午後は半ドンなので出席は可能である。ふと見ると、母の招待状もある。母は名誉市民なので、毎年参加しているようである。母は今年96歳になる。「できるうちに親孝行でもするか」。母をエスコートしての新年会参加となった。やはり年の功である。80歳も過ぎる教え子たちが「先生、先生」と言って挨拶に来る。偉い人も偉そうにしている人も、かつての少年・少女に戻って、恩師には温かい敬意を払ってくれる。それを身内として間近に見ることはまんざらでもない。母の歩んだ教師としての人生は、降り積もる雪、そのひとつひとつの結晶を枝に乗せて、確かな靭性を蓄えたまま、力強くたわんでいる。いつか、しずりの音とともに、雪の重さから解放された枝は、空に向かって跳ねるだろう。今、母の背中を温めることはできなくても、跳ねた枝が解き放ったものはしっかりと私の心に刻むつもりである。
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